眠りの浅かった夜が明けた。かなり冷え込み、-5℃を下回る気温となった。軽量化を見込んで背中の開いたキルト型寝袋を用意してきたが、それでは温かさが少し足りなかったようだ。
山に囲まれたテントサイトにようやく日が射したのは6時前。空気はまだ冷え込んでいた。急ぐことも無く、暖かくなるまでのんびりと過ごす。昨日まで吹いていた北寄りの冷たい風も収まり、少し暑くなりそうな気配だ。今日狙うのは青松葉山山頂付近の斜面。等高線を見る限り、そしてこの周囲の植生から察するに全方位滑り頃の斜面だろうが、特に南面が気になった。
午前8時過ぎ、テントを撤収した。雪が硬く締まり、布状のアンカーを掘り出すのに非常に苦労した。このタイプは雪が締まると非常に効きがいい反面、深く埋めてしまうと厄介だ。春は昼間は雪が緩むので、テンションをかけるべくアンカーを深く沈めてしまいがちだが、雪の締まりを見込んで昼間は緩めに張って、雪が締まりはじめたら増し張りをするなどの工夫が必要だろう。
テント場を出発して湿原の中を下流に下っていく。しばらくはシールの必要はない。15分ほど歩いて湿原の入口に到着した。看板と散策路の順路を示すためか番号札が立っている。夏の時期はここまで車で入れるようだ。ここから先は放牧地帯となった。
放牧地帯を走る道に沿ってスキーを滑らせていくと、冬季閉鎖中の県道に出た。県道は松草峠を経て国道106号線に通じている。2週間後には開通するはずの道は、除雪が進んでるかと思いきや全く手つかずだった。例年を知らないので積雪が多いかどうかは判断しかねるが、1m以上はあるようだ。ここから県道を辿っても良いのだが、地形図で見た西尾根が登るのにも滑るのにも楽しそうに思えたので道を横切った。
県道沿いの川は水量が多く渡渉不可だったので、ここでシールをつけ、県道沿いの尾根に登り上げて沢の上流から回り込むことにした。ここもまた放牧地帯で、尾根なので展望がとても良い。どの方面も緩やかな山々が続いている。
適当な場所で沢を渡ってお目当ての西尾根へ入る。尾根といっても幅広くフラットな斜面で、どちらが山頂方向かも定かではない。いずれは地形も収束するだろうと適当にあたりをつけて登った。周囲はブナとダケカンバの巨木の森だった。こんな森を独り占めしてゆるゆると登って行くのは最高に気分がよかった。無心になって進んでいく。
そして山頂部が近づくにつれて、針葉樹(アオモリトドマツ)が混じってきた。山名の青松葉とはこのアオモリトドマツのことを指している。標高を上げると針葉樹に変わるというのは良くある植生だが、本当に山頂部のわずかなエリアに限定され、他には全くと言っていいほど生えていないというのはどういう理由だろうか。
気象条件が原因であればもう少し植生の境界がぼやけるような気もする。また、同じような標高でもアオモリトドマツが生育していない場所もあるので、気象条件以外の条件、例えば土壌の影響でもあるのだろうか。
少し調べてみると、日本植生史学会で公開されている研究報告の中に、まさに青松葉山山頂部の植生について扱った研究があって興味深い。報告によれば、青松葉山のアオモリトドマツの群落はここ1000年以内に成立したものらしい。つまり、群落の歴史は浅く、拡大途上なのかもしれない。
11時過ぎ、山頂到着した。山頂は展望が無いと聞いていたので鬱蒼とした森を想像していたが、明るくて気持ちの良い場所だった。樹間は広く、少し歩けば展望もある。滑る斜面は、登ってきた西尾根も素晴らしいが、眼前に広がる南面はそれ以上に魅力的に映った。雪は十分緩んで滑りやすいはずだ。必要な荷物だけをサブザックに詰め込み、行けるところまで滑ることにした。
すぱらしいザラメ雪だった。斜度もそれなりにあり、気持ちよくテレマークターンが決まった。ところどころ小さな開けた斜面があり、下部はダケカンバの疎林でうねりがある地形で面白かった。標高を下げ、次第に雪が重くなってきたところで止めて登り返した。
今日は山頂付近で泊まりたかったので、登り返しつつ、見晴らしがよくてプライベートゲレンデとなる斜面を従えている場所を探した。候補となる場所はいくつも出てきたが、最終的に山頂から南東方向へ少し降りた尾根上に好適地が見つかった。早池峰山を正面に見据える一等地だ。
プライベートゲレンデは緩斜面から中斜面へ変化する標高差50mほどのコースで、点在する樹木がいくつかのコースを作り出している。思い残すことが無いように、気になった斜面はくまなく滑りつくした。雪は次第にフィルムクラスト化し、板が面白いように走った。
この時間になると森の表情も豊かになる。そんな森の中をのんびりハイクできるのは泊りならではの贅沢だと感じた。
テントに戻り、早池峰山を眺めながら、一日を振り返った。青松葉山は山頂からどちらへ向かっても楽しめる斜面が広がっている。今日滑ったのはそのほんの一部でしかないのだ。できるならあと一日ここに滞在して探索したいぐらいだった。アプローチはやや距離があるが、この山は滑る対象としてもっと注目されてもよいと思った。特にテレマークスキーに好適な斜面が多く存在しているのだ。
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(つづく)