2011年の春、少し長い休みがとれそうで計画した東北スキー山旅。残念ながら震災により実現しなかったのだが、当時行き先候補に挙がっていたのが岩手県東部の北上高地だった。北上高地の山となると、まず早池峰山が浮かぶが、僕の心を惹きつけたのは、もっと北に位置するとてもなだらかな等高線を描く山々であり、その盟主たる山が青松葉山であった。

記録を調べてみると、青松葉山に夏道は無く(現在は夏道もあるようだ)、県道の冬季通行止め解除に合わせて残雪期に登るのが主流らしかった。しかし、その時期になると雪も少なくなり、スキーでの行動範囲が狭くなってしまう。さらには、青松葉山以外にも同程度の標高を持つ無名のピークがいくつも連なっているのを歩き通したいという気持ちも湧き上がり、もう少し雪の多い時期にテント泊で訪れたいと考えていた。

当時はまだテレマークをやっていなかったが、ここに行くならウロコテレだろうという気持ちはあった。そんなこともあり、前シーズンからテレマークスキーを練習し、震災から3年経った2014年4月1日にようやく準備が整い、訪れることができた。計画は次のようなものであった。

1日目:区界高原から兜明神嶽、岩神山、稜線伝いにノロメキ沢源頭の櫃取湿原へ。

2日目:櫃取湿原からノロメキ沢を下り、青松葉山へ。

3日目:青松葉山から東方へ縦走、サクドガ森経由で旧川井村の川内地区へ下山。JR山田線で戻る。

穏やかな丘陵地帯を滑ることに加え、区界から川内までスキー縦走するということも楽しみであった。

前日夜遅くに新幹線で盛岡に入り、駅前のホテルに泊まって翌朝始発のバス(106急行)で区界へ向かった。山田線で行くことも考えたが、運行本数が少なすぎて使えなかった。今や盛岡と宮古を結ぶ交通機関は完全にこの106急行に取って代わられていて、1時間1本の割合で走っている。

バスは駅を出てしばらくは市街地を走っていたが、郊外へ出るとすぐに山道になり、40分ほどで区界に到着した。区界峠の直前まで路肩にほとんど雪が無い。ところが峠のトンネルを抜けると全く雪の量が違った。バス停は道の駅の前にあり、その道の駅の裏手からすぐに歩き出すことができた。

夏は放牧地になっている斜面から歩き出す。前方には最初の目標地点である兜明神嶽の尖った山頂が見えた。放射冷却で冷え込んで雪面は硬く締まり、ウロコでは滑って進めない。早々にシールを装着することになった。

振り返ると凍てついた早池峰山が大きく見えた。今回のツアーはずっとこの山に見守られて進むことになる。


放牧地帯を過ぎ、小さな沢と林を抜けると、またオープンな斜面に出た。斜度もそれなりにあるこの雪原は、かつての区界スキー場の跡だ。上部にはリフトの遺構と思われる構造物もあった。ここをシールのグリップを生かして直登していく。草刈をちゃんとしているのだろうか、普通のスキー場と変わらない整備状況であった。利用者もいるようで、クロカンのものとみられる古いトレースもあった。


兜明神嶽の山頂の岩場に立つと、岩手山、秋田駒ヶ岳、雫石の山々、そして遠く鳥海山まで確認することができた。今日は日本海側まですっきり晴れているようだ。

兜明神嶽から次の岩神山へもなだらかな登りだったが、徐々に両足踵の靴擦れが気になってきた。今日履いているビンソンは少し硬く、まだ足に馴染んでいないこともあり、擦れてしまったようだ。この先の行程を考えると早めに対処しておかなければならない。靴を脱いでソルボバンで手当てをしておく。靴の硬さは以前から気になっていたので、最初から貼っておけばと少し後悔した。

岩神山の山頂には通信用の大きな鉄塔があり、管理道路も麓から登ってきていて味気ない雰囲気だった。ここでようやく目指す方面の山々が見えるようになった。幾重にも重なった山並みの奥の方に頂上に常緑樹が載っている山が見えた。それが青松葉山だった。


岩神山を越えると広大な放牧地に出た。人工的に作り出された景観とはいえ、気持ちの良い場所だ。少し滑ってみる。残念ながら雪はまだ硬く、快適とは言えなかったが、雪が良ければ一日中楽しめそうな広さがある。放牧地は周辺の山のあちこちに点在し、そのどれもが滑りたくなる斜面を抱いていた。

放牧地を過ぎると、裏手はダケカンバの自然林だった。滑りごろの斜度、滑りごろの樹林間隔。ノロメキ沢源頭に降り立つまで、このような斜面の登り降りを繰り返す。本当であればウロコで走破したい場面だが、シールを付けたまま通過する。冷たい北西風が吹いていたため、雪が緩んでくれなかったのだ。しかも稜線上は風の影響で雪面が荒れ気味だった。

歩き始めて4時間。ようやく降り立ったノロメキ沢源頭の異様な雰囲気に圧倒された。周囲を山に囲まれていながら、空が大きく開けて開放感があるのだ。背後に他の山は全く見えず、かといってテーブルマウンテンの頂上にいる感じでもない。今もって正確に表現できない別天地が広がっていたのだった。

ここでようやくシールを剥がす。今回は滑走具に最後まで悩んだ末に3pin革靴になった。BCクロカンではまだツアーをするには自信が無かったのだ。歩くには少し硬いビンソンは、滑りとなるととても心強い。様々な雪質に安定した対応力を見せてくれた。

足元が身軽になり、滑るための斜面と泊まるための場所を探しに歩き回る。滑るには適度に雪が緩んだ南斜面が良いので、北方にある1222mピークと1261mピークへ。どちらともほぼ全山ダケカンバの疎林帯。ブナも頂上付近に少しあるようだ。一方、沢筋まで降りてくるとまた違った樹種が加わった。


南向きの素晴らしい斜面。まるで庭園のように樹木が配置された中を、早池峰山を望みながら滑った。雪は程よく緩み、気分もいい。温かいうちにテントを設営することにした。

テント場は最後まで悩んだ。平坦な沢沿いは少し風がある一方、樹林帯は風を避けられるが日影も多くなる。フラフラしているうちに櫃取湿原まで下りてしまい、そこでようやく風も防げて開放感のある場所を探し当てた。幸い、近くに雪解けの流れが出ていて、水の調達にも困らなかった。

テントを設営してから一本滑り、湿原を散策した。雪が割れて水面が露出したところには水芭蕉の若芽が春を迎える準備をしている。もうひと月もすれば、一面に白い花を咲かせるのだろう。

日が傾くと一気に冷え込んできた。雪は急速に締まり、まだ明るいうちから寝袋に潜り込んだ。

トラック(1日目前半)

トラック(1日目後半)

(つづく)

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