朝5時に目覚まし時計の音で起きた。こたつ以外に暖房の無い部屋はキンと冷え、布団から抜け出すのに苦労した。意を決して準備を始め、6時前に1階に降りていくと、すでに朝食の準備が整っていた。昨夜の夕食もそうだったがボリュームたっぷりだ。しばらくは温かい米飯とはお別れなので、腹いっぱい詰め込む。

今日は三井野原から林道を辿って小峠を目指し、そこから県境稜線に登り上げ、そのまま稜線伝いに牛曳山、毛無山、烏帽子山を経て大膳原を目指す。その話を女将さんにすると、『昔は小峠から山に入る人は多かったけれども、今ではほとんど入る人はいないねぇ。あのあたりはスキー場を造る話もあったんだよ。いいところだよ。』と話してくれた。今日の核心は三井野原から県境稜線へ登り上げるまでだ。県境稜線は夏冬とも広島県民の森を起点としてよく歩かれていて、トレースがあるはずだ。しかし、島根県側からは夏は藪漕ぎになるようで、あまり記録が無かった。女将さんの話を聞いて、少し不安になったが何とかなるだろう。

宿代を払い、お礼を言って外へ出た。歩き始めは暗かったが、集落を抜けるころにはヘッドライトは要らなくなった。空は分厚い雲で覆われて雪がちらついている。ちょうど降り始めたところだった。昨日滑ったアシハラゲレンデを過ぎ、そこから林道を辿って小峠を目指した。道は除雪されてはいないが、ダブルトラックがついている。硬く締まった雪の上を板を滑らせていくと、ほどなく登山口と思われる場所に来た。

道端の枯れ木にカラーリボンがつけられ、作業道のような窪んだ幅の広い道が山奥に延びている。雪はそれなりについていてどこでも歩けそうだったが、まずはこの道を辿った。おそらく林業用として使われていた道だろう。しばらくは沢沿いを進み、道跡がはっきりしなくなったところで斜面にとりついた。

すると、うるさかった藪が急に無くなり、歩きやすい植林帯になった。樹間からそれなりに見通しがきくので、高いほうへ登り易そうな斜面を探しながら登った。途中、何かの獣が木の根を掘り返した跡があり、足跡とともに点々と血の跡が続いていて気味が悪かった。鹿だろうか。あまり同じ道を辿りたくなかったが、結局それに導かれるようにピークを目指すことになった。972mのピークに立つと植林帯も終わり、足跡も消えてしまった。いつのまにか雪は本降りとなり、足元はすでに5センチぐらい新雪が積もっている。

972mピークから牛曳山までは緩やかな登りで、樹間も広くて見通しが良い。ぽつりぽつりと大きなブナの木も出てくる、雰囲気のいい森だった。標高を上げるにつれて新雪は多くなり、10センチぐらいになった。しかしその下は昨日の昇温によると思われるクラスト雪が潜んでいて、歩くたびに沈み込むのが厄介だった。

牛曳山を過ぎて広島県民の森からの道を合わせると、案の定立派なトレースが現れた。しかもスキーで歩いた跡だ。雪の硬さからして昨日のものだろう。ここから先はアップダウンが多くなり、灌木もうるさくなり、雪質も相まって歩くのも滑るのもやりにくくなった。登山道をなぞる様に進むしかない。

視界が開けるところに来ると、広島県民の森スキー場が見えるようになった。この天候で敬遠されているのだろうか?滑っている人はほとんどいない。このころ最も天気が悪くなり、アップダウンを繰り返す道と不自由な雪のコンディションに気分が上がらない。風が無いのだけが救いだった。出発からほとんど休むことなく歩き続けて3時間半、ようやく毛無山に到着して一息入れた。

せっかくウロコ板を持ってきたので、毛無山山頂の雪原で2,3本滑ってみる。滑れたのは距離にしてわずか50mあまり、標高差にして10mといったところか。雪が多ければこれの3倍ぐらいの距離は滑れそうではあった。

さらに出雲峠への下りは難儀した。曲がることを許さないクラスト雪は、濃い樹林帯ではどうにもならない。それでもアルペンスキーなら多少無理してボーゲンで下って行けないことはないが、クロカンでは無理は出来ない。最善策は斜滑降とキックターンだ。スペースがあまり取れない中、転ばないことを最優先に慎重に下った。完全なるスキー登山になってしまった。もう快適な滑降は諦めていたが、出雲峠から少し下ったところにある避難小屋付近は斜度も緩く、笹薮さえ埋まれば楽しそうな斜面が広がっていたのが惜しかった。

出雲峠から烏帽子山への登りは夏道にこだわらず、ブナ林が美しいほうへ歩みを進めた。斜度はそれなりにあり、雪が良くて量が十分であれば中々のツリーランルートになりそうな斜面だ。登りは神経質になる必要もなく楽でいい。ここは早く避難小屋につきたい一心でペースを上げた。

烏帽子山の山頂に到着すると、比婆山の北斜面が目前に望まれ、ブナの純林が広がっているのがわかった。このブナ林は烏帽子山の周囲に広がるブナ林と繋がっている。もっと規模の小さいものを想像していたので、これほどまでの広がりがあるとは驚きだ。翌日の比婆山が楽しみになった。

このツアーで一番辛かったのは烏帽子山からの下りだろう。毛無山の下り以上の急斜面と狭さとクラスト雪とあって、たまらず板を脱いだ。疲れも出ているし、ずっとスキーを履いて歩き通すなどという理想はもうどうでも良くなった。ツボ足になると膝まで潜ったが、板を手に持って下るほうが安全で速かった。

下りきって大峠からの道と合流して少し登り返すと、そこが大膳原だった。広い雪原の先には吾妻山が聳える。何度か写真で見た光景だ。吾妻山の東面はオープン斜面となっていて、それなりに滑りごたえがありそうに見えた。朝から天気が良い明日、ご来光を吾妻山で迎え、朝日の当たるあの東斜面を滑る計画だ。その偵察もしておきたいが、まずは避難小屋に入って休むことにした。

大膳原にはキャンプ場があり、冬季はその休憩舎が避難小屋として使用できるようになっている。トイレは別棟にあり、水は炊事場近くの塩ビ管から沢水が勢いよく流れ出しているので、雪を溶かす必要も無かった。休憩舎はとても広く、それゆえ寒さも外と変わらない。連休ということで他の登山者が来るのではと思ったが、結局誰も来なかった。

荷物をほどき、昼食をとってしばらく横になっていたが、時折日が差す天候になってもう一度外へ出た。サブザックに必要なものだけを放り込み、大膳原の緩斜面で滑る。風に叩かれた雪は少し硬いが、クラスト雪よりもずっと滑りやすかった。少し吾妻山方面にも足を延ばし、東斜面へのとりつきを確認しておく。前日のトレースもあり、迷うことはなさそうだ。

小屋に戻ってひと寝入りし、暗くなったところで鍋を作って食べた。ゆたんぽを作り、ラジオを聴きながら目を閉じていると、さすがに疲れていたのか朝3時ごろまで目が覚めなかった。

(つづく)

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