駅から出て集落の中を歩き出すと、旅館やスキーロッジといった看板の出ている建物がいくつもある。しかし、ほとんどは廃業(休業)しているようだ。今や車で簡単に日帰りできてしまうから、敢えてここに泊まる必要もないのだろう。旅に出る前に最初に問い合わせた旅館も休業中ということで、営業している旅館を教えてもらった。しらかわ旅館というところで、平日のひとり旅でも快く受け入れていただいた。

駅前の道が国道に合流するとすぐのところに宿はあった。旅館業以外にもレンタルスキーや食堂も経営している。実は三井野原スキー場には所謂センターハウスというものがなく、当然レストランもない。そのような役割は近隣の旅館が担っているのだ。

玄関に入るとスキーラックがあり、さらに扉をあけて中に入ると懐かしいダルマ型の石油ストーブがあった。ストーブを囲むようにベンチがあり、食堂と繋がっている。女将さんが迎えてくれ、2階の部屋へ案内してもらった。荷物の整理もそこそこに、急いで準備をして滑りに出かけた。

奥出雲町営のスキー場は、奥の谷ゲレンデとアシハラゲレンデの2つのゲレンデに分かれている。両者は離れた場所にあり、歩いて10分ぐらいの距離があるのだ。まずは宿の目の前にある奥の谷ゲレンデに向かった。

スキー場は線路の向こう側にあるので、警報機も遮断機も踏板も無い場所を横切ってスキー場に入った。リフト乗り場まで歩いていくと、リフト小屋から係員が数人出て来て、一人はリフトに乗り、一人は椅子の座面を下ろし始めた。つまり僕が今日の初めての客なのだ。僕が来なければこのままのんびり一日が終わっていたのだろうと思うと、何だか申し訳ない気持ちになりながらリフトに乗った。

リフトは支柱を3本ほど過ぎたところで急斜面を登り始めた。積雪は10センチから30センチといったところだろうか。所々土が顔を出しているが、滑走には概ね問題なさそうだった。コースは山頂から4本ある。3本は正面を降りてくるコースで、いずれも上部は急斜面、下部は緩斜面という中上級者向け。残り1本は、裏から回り込むように降りてくる緩斜面の初級者コースとなっている。初級者コースはそれなりに滑った後があり、滑りやすい雪質になっていたが、中上級者コースは積もった雪が踏まれずにそのまま重いザラメ雪になっていて、急斜面ということもあってBCクロカンには難しかった。


ゲレンデ上部からは駅前の集落がよく見渡せる。それぞれの民家の背後には畑が広がり、この地が農地開拓によってひらかれ、今も高原野菜の特産地であることをうかがわせる。そしてその農地を冬の間はスキー場にしたことで、高度成長期には県内屈指のスキーエリアとして栄えていたのだという。旅の終わりに出会った備後落合駅の古老によれば、週末は3000人を超える人が列車に乗って訪れたということだった。そのころ活躍していたのかは分からないが、場内にはトラス柱の古いリフトの遺構があった。

各コースまんべんなくトータル10本ほど滑ったところでアシハラゲレンデに向かうことにした。僕が奥の谷ゲレンデを去るとお客さんが居なくなることになるので、リフト係の方に一言かけて移動した。1キロ弱の歩きだ。遠目からもリフトが動いていることは分かったが、こちらも他の客の姿は無かった。奥の谷ゲレンデ同様、僕のために降り場のリフト係員が先行して乗り込んでくれた。

アシハラゲレンデはリフトの両側に緩斜面2本という構成だが、斜面の幅が広くて開放感がある。しかもほとんど滑った跡が無い。雪質は日中の昇温によって溶けた雪が少し締まって、とても走るザラメ雪になっていた。そんなこともあり、滑るのをやめられなくなった。この旅で一番気持ちの良い滑りだった。

アシハラゲレンデの隣には、かつてヤマシゲスキーグラウンドというロープトゥのスキーコースがあったそうだが、今は営業していない。ネットの情報によれば、ナイター設備もあり、パークが充実していたらしい。

10本ほど滑っただろうか。ゲレンデ幅いっぱいにトラックをつけたところで、走るザラメ雪は落日とともにクラストに変わってきた。そろそろ潮時だろう。

それにしても雪が薄い。ゲレンデでは明日からの連休に備えて、雪の薄い場所にスノーダンプで雪寄せをしていた。明日はおそらく子どもたちで賑わうのだろう。予報では明日は雪マークが出ている。コンディションが回復することを願った。


アシハラゲレンデを後にし、宿に戻る。踏切を渡ったところで、ちょうど備後落合行きの最終列車が通りかかった。ディーゼルエンジンの音が遠ざかると、辺りは相変わらず静かだ。上空はいつの間にか晴れ渡り、徐々に深まる冷え込みとともに静けさを強調して見せた。帰りがてら、各旅館が経営するロープトゥがどこにあるのか探してみるも雪が少なく、農地なのかスキー場になるのかよくわからなかった。

宿に戻ると、温かいお風呂と温かい食事が待っていた。僕の他には宿泊客はいないので、暖房の効いた共有スペースを占有してのんびりした。明日はいよいよ山に入る。昼にかけて雪が降る予報だが、午後には回復する見込みで、行程にはそれほど影響しないと思われた。とはいえ初見のコースのため、早立ちを計画し、女将さんには6時の朝食をお願いした。

(つづく)

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