凍てついた夜が終わろうとしていた。東の空にグラデーションがかかり、朝が近いことを知った。二十七日の月の鋭さが、寒さを一層引き立てていた。一日で一番冷える時刻だ。とてもすぐには行動を起こせない、しばらくは寝袋に潜ってじっとしているしかなかった。



それから1時間くらい経ち、対岸の樹林からようやく日の出となった。雪原は黄金に輝き、特に結晶の残る部分はキラキラと光って見える。しかしまだ低空の太陽の力は弱く、外へ出ようとは思えなかった。そこで温かいものを食べて体を起動しようと試みる。それでも体の反応は鈍く、さらに1時間経ってようやく体を動かす準備ができた。


昨日と同じように雪原を散策してみる。強い風で風紋はより深く刻まれ、地形図の等高線のような様相になっていた。軽い雪はほとんど飛ばされているが、アイスバーンになっているわけではなく、場所によっては少し沈んで歩いていて楽しい。北端まで来ると、昨日は見えなかった燧ケ岳が山頂まであと一歩という感じで見えていた。

さて、今日は丸沼高原に向かうわけだが、ここ2日間、滑るスキーを全く楽しんでいない。今日は少し滑ることに重点を置きつつ、鬼怒沼周辺の斜面を散策することにした。一旦テントに戻り、MT氏と連れ立って鬼怒沼山方面の無名峰を目指した。


とは言っても、遠くから見る限り滑る場所はなさそうだった。予想通りの密林だったが、そんな山も嫌いじゃない僕らは、立ち枯れの混じる独特の景観を味わう。少し見通しはあるので、他に滑るところがありそうか目星をつけておいた。どうやら、鬼怒沼の反対側(西側)の、一里沢源頭の小高いピークには白いものが多いように見えた。

早速、テントに戻り撤収を済ませると、そのまま樹林帯を横切って一里沢の源頭に出た。物見山から続く稜線に乗り上げる。背後にはようやく頭を出した燧ケ岳が見えた。


(Photo by MT)

目を付けていた場所に来ると、確かに滑り易そうな、この二日間歩いてきた中ではとても滑降向きの斜面と植生だった。標高差は100mぐらいだろうか。東向きの斜面は風の影響は少ないようで、雪面もとてもきれいに見えた。そう、『見えた』のである。実際に滑ってみると、柔らかいのは表面のわずか2~3センチといったところで、その薄皮の下は氷ではないが硬い雪だった。滑って危険はないが、楽しいかといわれると素直に頷けない雪質だった。


その後は一里沢周辺を絡めて滑ることになった。ここが意外にも滑って楽しい斜面なのだった。特に沢沿いはクロスコースのようなうねりとカーブが連続している。この頃には雪質は諦めて、普通に滑りを楽しむことができた。スキーをつけて楽に滑り降りれることの何とありがたいことか。

一里沢を標高1700m付近まで下り、そこから向きを変えて、いよいよ丸沼への山越えにかかった。目指すルートは湯沢峠近くの2045mピークだ。ここを越えて湯沢沿いに降りれば丸沼に到着する。


このあたりは夏道もなく、付近は山スキーの対象にもなっていないので、一年を通して人が訪れることはほとんど無いだろう。とりたてて特徴のある山でも森でもないが、このような人の立ち入らない場所を縦横無尽に歩き回れるのは、とても気分が良かった。


1時間ほどで稜線まで上がってくると、来し方の日光沢方面や、行く末の丸沼スキー場が見えるようになった。いよいよ旅も終盤だ。丸沼に降りてもスキー場までは意外と距離があるので、ここでエネルギーを補給した。まだ緊張感があるからか、この時はそれほど疲労は感じていなかった。少し疲れの見えるMT氏を待って、降りるべき場所を探した。

(Photo by MT)

2045mピークを時計回りに南側に回り込み、丸沼を眼下に見下ろせる場所まで来た。どうやら方角的にも、滑りやすさから言っても、目の前の斜面を降りるのが良さそうだ。いずれは深い谷に出会うことが予想されたが、そうなる前に良い斜面へ渡り歩けばよいだけだ。

そして、いざ滑ってみると殊の外いい斜面であり、いい雪質だった。午後の日差しを一杯に浴びた南斜面は、ザラメ化してこのツアー一番と言っていい滑りを楽しませてくれた。思わぬ旅のご褒美に自然と笑顔になった。


あとは深い谷に入り込まない様にトラバース気味に滑り、沢が広くなったところで河原に降りた。ここもまた具合がよく、スルスルと板がよく滑った。そのまま丸沼温泉に滑り込む。沼はまだ雪の下だ。さすがにショートカットして渡ろうなどという気は起きなかったが。

さあ、ここまで来れば最後のひと頑張りだ。丸沼スキー場へ向けてひたすら歩く。宿のメンテナンスか、開業の準備か、丸沼温泉までの道路はきれいに除雪されていた。しかしこれは、スキーシールを使うものとしてはあまり有り難くないことだった。アスファルトが出ていれば歩けないし、残った雪もアイスバーンになって歩きにくいからだ。おかげで国道に出るまでがとても長く感じた。

国道へ出ると、さらにしっかり除雪してあるので滑ることはできない。重たい荷物にさらに板を担ぎ、スキーブーツでアスファルトを歩くことは考えたくもなかった。答えはおのずと決まり、もう少しシールハイクを頑張って標高を下げずにスキー場へ入り、スキー場を滑り降りることになった。


最後は営業終了間際の、西日の良く当たったゲレンデを気持ちよく滑り降りた。ああ、ようやく馴染みの場所に戻ってきた。徐々に緊張感から解き放たれていくのが分かった。

休憩所に入ると到着した安堵でどっと疲れが出た。久しぶりの温かい部屋で、暖かいものを食べ、色々あった旅の余韻を味わう。しかし、休憩所にも長居は出来なかった。鎌田行きのバスは18時15分と1時間以上時間があり、バスを待っている間にスキー場は営業終了してしまうのだ。最後は24時間開放しているスペースにベンチを出してもらい、休ませてもらった。

バスは鎌田で沼田駅行きに乗り換え、沼田駅前の鄙びた食堂で夕食を摂り、上越線に乗って新前橋に戻った。こうして、群馬から栃木にぐるりと大きな円を描く、風変りなスキー旅が終わった。



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(了)

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