2日目の夜はさほど冷えず、初日に気になった背中の冷えはあまり感じなかった。ダウンキルトの両端から冷気を入れないように、体に巻きつけて使ったのも良かったのかもしれない。ただ、昨晩からの風は一晩中収まることは無かった。テントが揺さぶられるほどではないが、上空の風が樹木を唸らせ続けていた。

今日は里へ降りる。登りはほとんど無いが、距離は長い。青松葉山までの状況は下調べである程度把握できていたが、ここから先はほとんど情報が無かった。状況によって行動時間が大きく変わる可能性があった。特に、低標高の積雪状態が読めなかった。雪が無ければ藪漕ぎも覚悟しなければならなかった。さらに、帰りの汽車の本数を考え、余裕を持って午前6時出発と決めた。

出発の時間になってもガスは晴れなかった。晴天だった2日間のように爽やかな気分では迎えられなかったが、幻想的な森歩きができるという意味では悪くなかった。移動に徹し、シールをつけて歩き出した。テント場から一旦山頂方面に進み、縦走路に乗った。あとはひたすら稜線を繋いでいくのだ。ウェットな空気はいい意味で心を沈ませた。視界的にも急ぐ気にもなれず、ゆっくりと歩いていった。

しばらく歩いていると、時折うす雲を通して太陽が確認できるようになった。どうやら雲がかかっているのは山の上部だけのようだ。そしてその雲も次第に薄くなっていくのがわかった。上空はまだ風が強いようで、雲の動きが忙しない。

そして1時間も歩かないうちに青空も見え始め、日も差すようになった。風も凪いできた。霧の森をもう少し歩きたい気持ちもあったが、晴れたら晴れたで気持ちが軽くなるのは事実だ。足取りも軽くなり、いくつも小さなピークを越えてゆく。すると決まって大きな岩が現れた。思い起こすと初日の兜明神嶽や岩神山にも山頂部に巨岩があった。隆起準平原特有のものだろうか。

出発して1時間半。どちらかというと密な樹林帯を歩いてきたところで、急に見通しの良い斜面に出た。小さなコルから南面に向けて緩やかな疎林帯になっている。たまらず空身で2本ほど滑った。早朝にもかかわらず、南東向きの斜面は滑走可能な硬さだった。もっと下まで降りていけそうなところをぐっと堪え、先に進んだ。


サクドガ森と名付けられたピークが今日の行程のチェックポイントだ。そこから南北に連なる長細いピークを境に下り基調になるのだ。サクドガ森の頂上にはやはり巨岩があった。どこが頂上だかはっきりしないピークを越えると、雪の緩んだ斜面となった。ここからシールを外して滑った。

標高を下げていくと、次第に人里を感じるものが出てきた。伐採後に成立した二次林だろうか、幼木が密生していて通過するのに苦労した。一方でピンクテープが点々と確認できるようになり、道しるべという意味では心強かった。

広大な伐採地に出ると、麓から登って生きている林道らしき道筋が見えた。北から東向きの斜面には雪は十分残っているが、西から南向きの斜面にはほとんど雪が無いのが気になった。この先、最後にはどうしても南面を降りなければならないのだ。

標高1000mを割ると、カラマツの人工林に突入した。細尾根の急傾斜ではあるが、かつて丹沢の植林帯を無理やり滑り降りたことに比べれば滑りやすい斜面だった。しっかりと枝打ちされ、下草も気にならないのでターンスペースは十分あるのだ。



斜度が落ち着くと、雪は薄皮一枚になり、何とか合流した林道も尾根の北側だけに雪がある状態になった。そして尾根を越えて南側に降りた標高600m付近でついに雪が切れた。幸い、雪融け直後で下草も生えていない。尾根を最短距離で下ることにした。獣道らしきところを柔らかい落ち葉を踏みしめながら下っていく。これがとても気持ち良かった。



気分は一気に春の里山ハイキングだ。心配していた藪漕ぎもなく、時間にも心にも余裕ができて、旅を反芻しながら歩く。もしかしたら、こういう時間が一番幸せなひとときかもしれない。旅の前には少なからず不安や緊張があり、旅の最中もそれは続く。まだ旅は終わってはいないが、こうして充実感と共にゆるやかに旅を締めくくる作業はいいものだ。


閉伊川にかかる赤い橋を渡り、川内集落へ。さらに少し歩いて道の駅やまびこ館へ到着した。汽車の時間まで4時間近くあるので、ここで昼食を取った。しばらく行動食とインスタント食しか食べていなかったので、少し食べ過ぎてしまった。家族に土産物を買って発送し、荷物を全部出して甲羅干しした。温泉があれば完璧だったが、残念ながらここにはない。


JR山田線の川内駅は2キロほどの距離にある。立派な国道を後にして、集落を抜ける小道を歩いた。川内集落はそれほど規模は大きくないが、交番も学校も郵便局もある。おまけに川内駅は有人駅なのであった。

盛岡へ向かう列車は1日わずか3本だ。16時48分を待った。列車に乗り込むと、意外にも利用客は多かった。平日ということもあって、観光客らしき姿は少なかった。この本数でも住民の貴重な足になっているようだ。盛岡まではのんびり1時間20分、対して盛岡からは東京までは2時間足らず。両極端な列車に乗ってその日のうちに帰宅した。

トラック(3日目前半)

トラック(3日目後半)

(了)

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