2018年1月22日、東京にこの冬一番の雪が降った。近年にしては珍しく都心でも20センチほどの積雪があり、僕の住む多摩地方ではそれ以上の降雪になった。こんな時、いつもなら丹沢など山スキーらしいことが出来る場所に出かけたくなるのだが、今回は日ごろから温めていたある計画を実行することにした。地元の里山のスキー旅である。

今までも雪が積もって家の近所をスキーで歩いたことはあった。しかしそれはあくまでも歩いてみたというだけで、スキー旅らしさに欠けるものだった。せっかく良い里山が近くにあるのだから、そこを思う存分歩いてみたかったのだ。しかし、(一応)都会の里山を縦横無尽に歩くのは意外と難しい。ほとんどの場合、私有地を通ることになるからだ。山間部では大目にみてもらえそうなことでも、色々と面倒くさいことになる。

そこで役に立つのがフットパスマップだ。みどりのゆびというNPOが、多摩丘陵に点在するフットパスを整理して小冊子にまとめている。ここに記載があるルートに関しては、自治体あるいは地元住民に認知してもらえているようだ。その中から、一番楽しめそうなルートとして、町田市小野路界隈の里山を選んだ。小野神社からスタートし、谷戸の田園地帯と尾根の雑木林をつなぐ周回コースだ。

翌朝(2018年1月23日)は午前中仕事は休みをとり、6時過ぎに自宅を出た。道は完全な圧雪路で、積雪を見込んで早めに出た人たちの車で混雑していた。途中で寄ったコンビニエンスストアも心なしか慌ただしい。予定よりも時間がかかり、30分ほどで小野神社に到着した。早速、近くににあるコインパーキングに車を停めて歩き出す。

僕にとって小野路は特別な場所だ。小さい頃、実家から少し離れたこの場所は野遊びの聖地だった。いつも遊んでいた近所の田んぼとは比較にならない規模の谷戸が広がり、そこに出かけるのは子どもにとっては旅でもあった。そんな小野路も今は開発の手が伸び、谷戸の入り口付近は住宅地になってしまっていた。それでも奥まで行くと小さな田畑が広がり、かつての面影をうかがうことができた。

住宅地の終わる場所から尾根への登り口に六地蔵があり(しかし地蔵は7体ある)、フットパスが始まった。ここでスキーを履く。濃い樹林に覆われた道は少し積雪が少ないようだが、スキーで歩くのには全く支障がない。降雪後の夜中に晴れて冷えたためだろうか、雪は程よくドライでウロコの効きもよかった。

少し登って林を抜けると、雪は脛丈ぐらいに深くなった。ちょうど日の出を迎え、背後から雪面を照らして黄金に輝かせた。きりりと冷えた空気が気持ちよく、気分も高揚してくるのがわかった。じっくりこの場を味わっていたい気持ちと、この先の風景を見たくて進みたい気持ちが同居してソワソワするのだ。

尾根へ登り上げると、展望の効く平坦な場所にテーブルとベンチがあった。ここはさらに雪深く、膝丈に達する勢いだった。昨日の雪は風を伴って降っていたからか、場所によって随分積雪に差があるようだ。東京ではあまり味わえない軽い雪を掻き分けてスキーを滑らせるのが嬉しくて、この小さな雪原をあちらこちらへと歩き回った。

休憩所から先はしばらく尾根伝いに歩く。辺りは濃い樹林帯となって、道の両側から垂れ下がる樹木が頻繁に道を塞ぎ、迂回を余儀なくされることも多くなった。迂回するにも道以外は下草が生い茂っているので歩くのは容易ではない。やはり雪国とは違うのだ。それに地図にない道が出てくるので厄介だった。最後は適当に当たりをつけて、登り口とは反対側の谷戸に降り立った。




ここは『奈良ばい谷戸』と呼ばれる谷戸で、市が主導して里山保全活動をおこなっているようだ。そこには、手入れの行き届いた雑木林、田んぼ、畦道、小川、溜池、炭焼き小屋といった里山らしい風景が広がっていた。このちょっとした理想郷のような一帯に、まだ誰も足を踏み入れていない雪の上にトレースを付けていく贅沢を心ゆくまで味わった。少し小高い丘に登れば、遠く丹沢山塊が山頂部に雪雲を纏って鎮座しているのが見えた。

やはり谷戸の雪は深い。積雪量は自宅周辺とは2倍近く違うだろうか。東西に延びた谷間に強い北風に乗って運ばれた雪が吹き溜まったのだろう。高低差わずか30mほどの凹凸地形でもこれほどの違いが出るのは面白かった。

奈良ばい谷戸を一周した後は、この界隈で一番小高い丘に登り上げた。ここには小野路城址がある。いかにも城を建てたくなるような平坦な広場の真ん中にぽつんと社があった。小野路の歴史は古く、中世から街道筋の宿場町として栄えていたという。今回の出発地点の小野神社はその入り口に建てられた神社だ。この城も1170年頃の築城という。

すでに日当たりの良い場所は雪が緩み始めてきた。もう帰ろうかと思案したが、もう一度軽い雪を味わいたくて、尾根を隔てて隣接する谷戸をいくつか梯子することにした。


規模的には小さくても、現役の里山がしっかり残っていた。ここは谷の幅が深い分、日陰がちで雪も生きている。もう先は長くはないであろう柔らかい雪の感触を惜しむようにラッセルを続けた。



雑木林の雪景色というのも、なかなかいいものだった。雑木林はその名の通り、雑多な雑木で構成される人工林だ。誰の手も入っていない原始の森というのもそれはそれで素晴らしいが、一方で、このような人の手の入った林というのも、それもまた自然の一つの姿であり、より身近な親しみやすい佇まいをもって、やはり魅力的に映る。それが今日、雪を纏うことによって、自分の大好きなスキーを駆って向かい合えたことは、何よりも嬉しかったし、楽しかった。おかげで、余裕をもっていたはずの時間が残り少なくなってしまい、速足で帰路についた。

谷戸から尾根に戻ると、雪はすっかり腐ってしまっていた。半分水たまりのような道を抜け、フットパスに別れを告げて日当たりのいい車道に出た。陽だまりは今日中には雪が消えてしまいそうな勢いで融けている。あとは車道を神社まで戻った。

本当なら小野路宿の里山交流館でお茶でもして綺麗に締めくくりたいところだったが、休憩する間もなく、小野神社にお参りして家路を急いだ。

(了)

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