3日目の朝、まだすっきりは晴れていない。しつこく流れ込んでいる寒気も昼頃にはようやく抜ける予報だ。もう一度御池岳を目指し、昨日行けなかった奥の平を周遊、テン場に戻って鈴ヶ岳経由で大君ヶ畑に降りる予定を組んだ。朝食をとった後、まずは北鈴岳に日の出を見に向かった。

上空は晴れているのだが、時折低い雲が山頂部をなめるように湧いては通り過ぎていく。足元の雪は夜中の強風で叩かれ、やや締まっている。滑るには手こずりそうな予感がした。テント場から10分ほどで鈴北岳の山頂付近まで来ると、特徴的な一本の樹木がある。ただ雪を被っているのではなく、北国で見られるような樹氷を纏っているのだ。西日本の山でこのような樹氷が見られるとは思わなかった。どっしりと腰を下ろしたその姿は朝焼けの空をバックに浮かび上がり、鳥が羽を広げて巣を守っているようにも見えた。

太陽はあたりを一瞬ピンク色に染め、そして雲の中に消えた。鈴北岳からテン場に滑り降りると、昨日ほどではないものの、柔らかい雪でほっとした。もう少し滑りたいところではあるが、やはり奥の平には行っておきたい。帰りに備えてテントの荷物を少し整理し、もう一度御池岳へ登った。

その途中にはいくつものゲレンデがある。そのゲレンデが複雑な地形で繋がっていて、一泊したところで到底回り切れない広さがあるのだ。もし次に訪れる機会があるならば、ここに最低でも二泊して腰を据えて歩き回りたい。滑りだけでなく、景色も楽しみたい。

残念ながら今日も御池岳からの展望はなかった。その先、少しツリーランを楽しみながら奥の平へ足を踏み入れると、相変わらず視界は悪いのだが、空が明るく、雲が薄くなっていった。風が強く、刻々と状況は変わっていく。晴れそうで晴れない、そんな時間が長く続いた。ツリーランを重ねて時を待つ。そして昨日に続いて訪れた、つかの間の心躍る時間。



本当に一瞬だった。開放的で伸びやかな斜面と、その奥に続く雪原。もし完全に晴れていたのなら、そんな天空の楽園が周囲の山々からひときわ高い場所に浮かんでいるという風景が見られたのかもしれなかった。幸い、一本だけ、本当に一本だけ、この斜面にカーブを描くことができた。

再びガスに包まれた奥の平は、二度とその全貌を見せてはくれなかった。下山のことを考えると、あまり長い時間奥の平に留まっていることは出来なかった。最奥までは行かず、次のプランを考える。昨日御池岳に登った時に、北東側に広がる樹林帯の雰囲気が良かったことを思い出した。

その斜面は、BCクロカンにとってはやや斜度が急だった。樹林帯なのでターンスペースも限られてくる。しかし、腰近くまで柔らかく積もった雪は、程よいスピードで浅いターンで滑り降りることを許してくれた。重力に身を任せるように落ちていけたのだった。

御池岳の北東斜面を滑ると、テン場とは少し離れ、時間をかけて戻ることになる。テントに戻るころには、日も差して天気が本格的に回復していった。そこで欲をかいて目の前の斜面を2,3本滑ってみるが、強い日差しのせいか、すでに雪は変質し始めている。これで気持ちは下山する方向へ完全に切り替わった。

実はここからがこの旅の核心部と考えていた。地図上では尾根伝いに里まで下りるだけだが、狭くて急な場所が多く予想され、今までのように快適にスキーが使えるようには思えなかった。しかも、重い荷物を背負いながら足元は心細いクロカン仕様であり、標高を下げれば重たく扱いにくい雪になることは明白だった。


荷物をまとめ、鈴北岳に登ってテーブルランドに別れを告げ、鈴ヶ岳へ向かう。空はすっかり青空が優勢になり、独特の樹氷が映えて美しい。雪は柔らかいので、転んで怪我をすることはないだろうが、起き上がるのに苦労しそうで、樹氷のトンネルの中を慎重に下っていく。鈴ヶ岳への登り返しは思いのほかきつく、シールをつける必要があった。

鈴ヶ岳を過ぎれば、あとはほぼ下りのみだ。ここでようやく初めて樹間から琵琶湖を望むことができた。一方、雪はどんどん重くなり、まともなターンは出来なくなった。緩斜面はまっすぐ滑り、急斜面はキックターンでジグザグに降りていく。景色の良い場所も何か所かあったので休んでいきたかったが、バスの時間が気になる。この先どれだけ時間がかかるか読めないこともあり、先を急いだ。

さらに標高を下げ、いよいよ植林帯に突入した。もうここまで来ると雪は腐りきり、スキーのウロコに張り付き、少し滑っては叩き落とすという作業が必要になった。下山口まで雪がつながっているというだけでありがたかった。

午後3時過ぎ、予想していたよりは早く大君ヶ畑集落にたどり着いた。大君ヶ畑はこの地方最奥の集落と言えるところで、三重県に抜ける国道はここから先は冬季通行止めになっている。バスの時間までは少しあるので、荷物を整理しながら待つことにした。

もちろん食堂や商店などはないので、バス停のスペースで作業していると、見知らぬ一台の車が停まった。何と他の山に行っていたM先生が、わざわざ遠回りして様子を見に来てくれたのだった。下山時刻を伝えていたわけでもないのに、何ともピッタリのタイミングだった。

お言葉に甘えて同乗させてもらい、米原駅まで送っていただいた。車中では僕の知らない西日本エリアの山スキーについて色々話をして楽しい時間を過ごし、再会を約束して別れた。

米原停車の新幹線は混んでいた。3日間風呂に入っていないことに恐縮しながら、落ち着かない通路側で荷物を抱えて小さくなっていた。

(了)

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